うぃずーむ

うつ病、難病を乗り越えた僕の「これまで」と「これから」

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僕がなぜ「闘病」ではなく「療養」と言い続けるのか?

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こんにちは!うなむ(@unamu_19)です!

 

僕は自分の病気の話をする時、「闘病」という言葉を1度も使ったことがありません。

 

いつも「闘病」という言葉ではなく、「療養」という言葉を使っています。

 

今回は、何故僕が「闘病」ではなく「療養」という言葉を使い続けるのかお話します。

 

*あくまでも僕個人の見解なので、十分ご了承ください。

 

 

「療養」の言葉を使い続けるのは、それぞれのイメージの違いから

 

僕はどうして、そこまで頑なに「闘病」ではなく「療養」という言葉を使うのか?

 

そこに関係しているのが

それぞれの言葉が持つイメージの違い

 

僕がそれぞれの言葉にどんなイメージを持っているか紹介します!

 

僕が思う「闘病」「療養」のイメージ

 

「闘病」のイメージ

 

僕にとっての「闘病」のイメージは、

とても辛く苦しいイメージ

 

「闘病日記」などよく見ますが、僕にはどうしても読もうという気にはなれません。

 

それは言葉が持つ「重く苦しいイメージ」によって、自分にはそれを読むことに耐えられないだろうなと思ってしまうからです。

 

実際にその意味を調べてみると、

病気を治そうと努力し、療養に励むこと。

(出典元「闘病(とうびょう)」の意味や使い方 Weblio辞書

 

「療養」のイメージ

 

僕にとっての「療養」のイメージは、

前向きで柔らかいイメージ

 

「闘病」に比べると、

病気が治ったその先を想像しやすい印象です。

 

実際にその意味を調べてみると、

病気をなおすために、治療をし体を休めること。

(出典元:療養(りょうよう)とは - 療養の読み方 Weblio辞書

 

「闘病」と「療養」の言葉の意味の違いはあまりない

 

実際にその2つの言葉の意味を調べてみましたが、大して意味の違いはありませんでした。

 

どちらも核となる意味は同じ。

病気を治すために努力する」といったもの。

 

ただそこには僕が持っていた言葉のイメージの違いがありました。

  • 「闘病」=重苦しいイメージ
  • 「療養」=前向きで柔らかいイメージ

 

僕の思うイメージに共感する人へ

 

僕自身、これまでに行ってきた治療を振り返ってみると、それはもう「地獄」のようでした。

 

将来の希望なんて見えず、もう全部おしまいにしたいと四六時中考える日々が続きました。

 

しかし、それでも僕は「闘病」という言葉を使ったことがありません。

 

僕は昔から強く思うことがあります。

言葉には人の気持ちを左右する力がある

 

明るい言葉を使えば気持ちも明るくなる。

暗い言葉を使えば気持ちも暗くなる。

 

どうせなら、「明るい言葉」を使いませんか?

 

どうせ辛い治療をするんだったら、まずは気分だけでも明るくしませんか?

 

「闘病」「療養」のどちらの言葉を使おうが、行う治療の内容は変わらないのかもしれない。

 

それでも僕は、「闘病」ではなく「療養」という言葉を使うことをおすすめします!

 

最後に

 

以上、僕が「闘病」ではなく「療養」という言葉を使い続ける理由のお話でした。

 

それはこれからも「療養」と言い続けます!

言葉の力を信じて、前向きに生きていきます!

 

これまで「闘病」と言ってきた方は、これを機に「療養」という言葉を使ってみませんか?